生と死についてっぽい



「見舞いには来んでくれ」と父親はわたしに短いメールを寄越した。

このご時世でラインをしていないのはわたしが普段連絡を取り続ける人間では父親くらいなものなのでつい確認が遅れてしまって、あやうくI市市立病院まで行ってしまうところだった。別に母親の病気はわたしのせいじゃないし、わたしは確かに家を出て久しいけれど、母親のことを忘れたわけでもないのでちょっとあんまりじゃないか、と思ったのだけれど はい、とだけ返した。
別に母乳が忘れられないわけでもないし、実際わたしたち姉弟は母乳で育った訳でもないらしいが、この世にはもう母親の右側の乳房が存在しないことを、無意識のうちに気にしているのか、右の鎖骨の下あたりを押さえる癖が付いた。

がんの花、というものをご存知だろうか。見たことがない方が幸せだろうと思うし、見たことがある方は思い出したくもない苦い経験だと思うけれど、少しだけ説明すると、悪性腫瘍が花開くように皮膚を突き破って芽吹いたかたまりである。画像検索は非常におすすめしない。
職業柄わたしは稀に目にするのだけれど、一度特大の乳がんの花を見たことがあり、その大きさはその人の頭部よりも大きかった。詳細について書くのはやめておく。流石にグロテスクすぎるからだ。

「本当にありがとうございました、きつかったでしょう。立ち会えなくてすいませんでした」と、喪主さんにはそう言われた。

喪主さんが息子さんだったのか、甥ごさんだったのかわたしにはもう確認する術はないけれども、近い血縁の彼にさえ耐えられない見た目だったり匂いであったりするんだから、本当におそろしいな〜とわたしは正直半泣きだった。

本当に見た目も匂いもきつかったのだけれど、それ以上に、自分の血縁が自分とは違う生き物であるかのようなおそろしい姿に変わり果ててしまうことがあって、それは決してひとごとじゃないということが、理解は出来ても納得は出来ず、鼻がつーんとするのを必死で堪えた。

生きているうちは大丈夫だったんだろうか、もしそうなら、生きているのと死んでいるのとでは、身体の変化とわたしたちの認識の変化、どちらが大きいんだろうか。

わたしの中で実は答えはとっくに出ていて、いつもちょっと泣きそうになる。
お見舞いには行かないけれど、母親が実家に帰ったら、顔を見に行こうと思った。